「自分に自信がない」と思ったことはありますか?
ふとした瞬間に「自分ってダメだなあ」と感じる。誰かと比べて落ち込む。何かに挑戦しようとしたとき、頭のなかに「どうせうまくいかない」という声が聞こえる。
正直に言うと、わたし自身もずっとそういうタイプでした。学生の頃は試験でそこそこ点が取れても「まぐれだ」と思っていたし、仕事でうまくいっても「たまたまだ」と片付けていた。褒められると、むしろ「そんなことないのに」と身を縮めてしまう。
そのくせ、「自分に自信がある人ってどういう感覚なんだろう」とずっと羨ましかった(笑)。
この記事は「自信を高める方法」を10個並べるような記事ではありません。ただ一緒に、「なぜ自分は自信を持てないのか」という問いをゆっくり考えてみたい。そう思って書きました。
自分に自信が持てない、って変なことなのだろうか?
そもそも「自信がない」ってどういう状態?
「自己肯定感が低い」という言葉、ここ数年でずいぶん市民権を得た気がします。書店に行けば関連本がズラリと並んでいるし、SNSでも「自己肯定感を高める習慣」みたいな投稿が毎日流れてくる。
でも少し立ち止まって考えると、「自信がない」って具体的にどういう状態なのでしょうか。
心理学的には「自己肯定感」とは、ありのままの自分を認める感覚のことを指します。成功しているから価値がある、ではなく、できないことがあっても自分は存在していていい、という感覚。いわば、自分という存在への「信頼感」のようなものです。
これが低いと、何かに挑戦するたびに「どうせ失敗する」という声が聞こえてくる。人に褒められても「お世辞だ」と受け取ってしまう。こういう状態が続くと、だんだん新しいことを試すのが怖くなっていく。
ただ、ここで少し引っかかることがあるんです。「自信がない」ってそんなに悪いことなのか、と。
自信がないのは、日本人に多い話かもしれない
内閣府の調査によると、「自分自身に満足している」と答えた日本の若者の割合は約45%。一方でアメリカでは86%近くに上ります。この数字だけ見ると、日本人はずいぶん自信がないように見える。
でも面白いのは、心理学の専門家のなかには「この数字をそのまま受け取るのは早計だ」という意見もあることです。欧米の文化では「自分はすごい」と言うことが自然な自己表現として根付いている一方、日本では謙遜が美徳とされてきた。だから「自分に満足しているか?」と聞かれると、日本人は反射的に「いや、まだまだです」と答えやすい、というわけです。
数字の裏側に、文化の違いがある。
もちろん、それだけで説明できるほど単純な話でもありません。でも少なくとも、「自信がない=欠陥がある」という話ではないかもしれない。まずそこから、一緒に考えてみたいと思います。
なぜ、自分に自信が持てなくなるのか?
子ども時代に植えつけられた「評価される自分」
自信の土台は、幼い頃にかなり形成されると言われています。
たとえば、テストで80点を取ったとき。「よく頑張ったね」と言われた子と、「なんで100点じゃないの」と言われた子とでは、「自分の努力への評価」がまるで違う方向へ育っていく。褒められること、認められることで自分の価値を確認してきた人は、それがなくなったとき急に不安になりやすい。
日本人に特徴的なのは、「他者から認められた」という体験が自己肯定感に強く影響しているということです。内閣府の調査でも、日本の子どもは「人の役に立った、感謝された、認められた」という体験が自己肯定感に深く結びついていることがわかっています。つまり、自分の内側からではなく、外側からの評価で自分を測る癖がつきやすい構造がある。
これは個人の問題というより、社会や教育のあり方と深く絡んでいる話だと、今は思っています。
失敗の記憶が、次の一歩を重くする
もうひとつ大きいのが、失敗体験の蓄積です。
「自信がないからチャレンジできない→チャレンジしないから成功体験も積めない→さらに自信がなくなる」という悪循環。これは心理学的にもよく知られたパターンです。
わたし自身も、昔はそうでした。何か新しいことを始めようとするたびに、過去の「あのときうまくいかなかった記憶」が浮かんできて、足が止まる。挑戦する前から「どうせ自分には無理だ」と結論を出してしまう。当時は気づいていなかったけど、今思えばあれはかなりもったいない思考パターンだった(笑)
大事なのは、失敗そのものではなく、その失敗をどう解釈するかだったんだと思います。でもそれ、渦中にいるときには本当に難しい。
SNSが「比べる習慣」を加速させた
🔍 もうひとつ、現代特有の問題として「SNS」があります。
スマートフォンを手に取れば、誰かの充実した生活、誰かの成功、誰かの楽しそうな写真が流れてくる。そのたびに「自分は…」という気持ちになる人は多いのではないでしょうか。
SNSに流れている情報は、誰かのハイライトです。悩んでいる様子や失敗した日のことは、あまり投稿されない。だから比べる対象が「他人の最良の瞬間」になってしまうのが問題なんですよね。自分の「普通の一日」と誰かの「特別な瞬間」を比べれば、そりゃ自信もなくなるわけで。
これは意識しているようで、なかなか抜け出せない罠だと思います。
「自信がある人」は、もともとそうなのか?
自信って、積み上げるものじゃないのかもしれない
よく「成功体験を積めば自信がつく」と言います。それは確かに一面の真実だと思います。でも、「自信がある人」をよく見ていると、必ずしも「成功しているから自信がある」わけではないように感じることがある。
どちらかというと、「うまくいかなくても、まあいっか」という感覚を持っている人のほうが、結果的に自信があるように見えることが多い。完璧じゃなくても動き続けられる、という感じ。
とすると、自信とは「自分の能力への信頼」よりも「失敗しても大丈夫という安心感」に近いのかもしれない。これは後で思いついた視点なのですが、わりとしっくりきています。
自信がない人のほうが、実は謙虚で繊細なのかもしれない
ひとつ、あえて逆側から考えてみると。
「自信がない」ということは、自分の限界や欠点をちゃんと見えている、ということでもあります。完璧主義の人や真面目な人に自己肯定感が低い人が多い、というのも同じ理由で、基準が高いからこそ「まだ足りない」と感じやすい。
自信があるように見える人が「本当に自信がある」のか、それとも「自分の欠点を見ていない」だけなのか、外からは区別がつかない。
「自信がない」ことを病気のように扱うのではなく、「自分をよく見ている人の自然な感覚かもしれない」という見方も、ひとつあっていいんじゃないかと思っています。
自信がないことで、どんなことが起きているのか?
「どうせ自分なんて」が、チャンスを閉じてしまう
とはいえ、過度に自信がない状態が続くと、生活に影響が出てきます。
一番大きいのは、挑戦する機会を自分で閉じてしまうこと。「また失敗したらどうしよう」という不安が強くなると、行動する前に諦める癖がつく。そうなると成功体験も積めないので、さらに自信がなくなる、という悪循環にはまっていく。
「自信がないからやらない」のか、「やらないから自信がつかない」のか、どっちが先かわからなくなる状態です。わたしにも身に覚えがあります。
他人の評価を気にしすぎて、疲れてしまう 😓
もうひとつ困るのが、他人の評価に振り回されやすくなることです。
自分の内側に「自分はこれでいい」という感覚が薄いと、外から評価されることで自分の価値を確認しようとする。そうなると、常に「嫌われていないか」「変に思われていないか」が気になって、いつも緊張した状態で人と接することになる。
これ、じつはすごく疲れます。
誰かに少し冷たくされると必要以上に落ち込んで、逆に褒められると「お世辞かな」と疑ってしまう。人間関係のなかでずっとアンテナを張り続けている状態。長期間続くと、じわじわと消耗していきます。
自信を「高める」じゃなく、「ゆるめる」という考え方
100点の自分じゃなくていい、という感覚
「自己肯定感を高めよう」という言葉、なんか逆にプレッシャーに感じることはありませんか?
「もっと自信を持たなきゃ」と思えば思うほど、自信のない自分がダメに見えてくる。「ポジティブになろう」と頑張ると、ネガティブな自分が許せなくなってくる。なんかちょっと、本末転倒な気がしてしまって。
だから最近わたしが気に入っているのは、「高める」よりも「ゆるめる」という感覚です。
自分への厳しい目をちょっと休ませる。「80点でいっか」と思えた日を数える。うまくいかなかった日も、「まあ今日はそんな日だったね」と流してあげる。
大きな変化じゃなくて、小さな許可を自分に与え続けること。それが結果的に、自信の土台になっていくのかもしれない、と思っています。
自分に問いかけてみる:今日の自分は何をしたか?
もしよければ、今日一日を振り返って、こんなことを問いかけてみてください。
「今日、自分は何をしたか?」
成果じゃなくていい。誰かに何かを伝えた、メールを一本書いた、コーヒーをゆっくり飲んだ、それだけでもいい。自分が今日存在して、何かをした、という事実を確認する作業です。
大げさに聞こえるかもしれないけれど、「自分が何かをしたという事実」に気づく習慣が、少しずつ自分への信頼につながっていくと、個人的には感じています。
自信って、結局なんなのだろう?
ここまで一緒に考えてきましたが、「自信とはこういうものだ」という答えは、正直わかりません。
そもそも自信という感覚は、人によって全然ちがう形をしているんじゃないかと思っています。ある人にとっての自信は「失敗を恐れない感覚」かもしれないし、ある人にとっては「自分のペースを守れる感覚」かもしれない。
でも、ひとつ言えそうなのは。
「自信がない」という感覚に、必要以上に怯えなくてもいいかもしれない、ということ。自分の限界を知っていること、慎重であること、謙虚であること——それはひとつの知性でもあると思うから。
問題なのは「自信がないこと」よりも、「自信がないせいで、やりたいことをぜんぶ諦めてしまうこと」のほうかもしれません。
あなたにとって、「自信がある状態」ってどんなイメージですか?それはどこから来ているものだと思いますか?ちょっとだけ、考えてみてほしいなと思います。


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