人はなぜ悩むのか——悩みの正体を、一緒にゆるく考えてみた

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人生のぎもん

ふと、気がつくと悩んでいる。

「あれはどうすればよかったんだろう」「この先、うまくいくのかな」——べつに深刻な問題があるわけじゃないのに、頭のどこかがずっとぐるぐるしている。そういうこと、ありませんか。

わたし自身、かなりの「悩み体質」です。小さなことも大きなことも、いつの間にかぐるぐると考え込んで、気づいたら夜中の2時……なんてことがそれなりにある(笑)。「悩まなければもっと楽なのに」と何度思ったかわかりません。

でもある日ふと、「そもそも人ってなんで悩むんだろう」と思ったんです。悩みを「なくす方法」じゃなくて、悩むという行為そのものについて、ちゃんと考えたことがなかった気がして。

この記事では、答えを出すつもりはありません。ただ、一緒にこの問いをゆるくほぐしてみたいと思っています。


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人はなぜ悩むのか、そもそも考えたことがあるか

「悩んでいる」と「考えている」って、同じようで、だいぶ違うらしいんですよね。

「悩む」と「考える」はどう違うのか

心理の世界では、「悩む」とは同じところをぐるぐる回っている状態、「考える」とは前に進むために頭を使っている状態、と整理されることがあります。

たとえば「明日の会議、どうしよう」と繰り返し不安になっているのが「悩む」。「明日の会議のために、今夜何を準備するか」を整理しているのが「考える」。同じ材料を使っているのに、向いている方向が全然違う。

正直、自分が今「悩んでいるのか」「考えているのか」を判断するのって、結構難しかったりします。気づいたら前者になってた、ということが多い気がするし、これはわたしだけじゃないんじゃないかと。

悩みのない人間はいるのか

「あの人、なんかいつも楽そうだな」と思う人、周りにいませんか。悩みが少なそうに見える人。

でも、よく話を聞いてみると、たいてい「いや、全然悩んでるよ」と言う。ただ、悩みの処理スピードが速いのか、見せていないだけなのか、あるいは悩みの「種類」が違うのか。

お釈迦さまは2500年以上前に「生きることは苦しみである」と言ったそうです。生・老・病・死という四つの苦しみを「四苦」と呼んで、それが人間の前提だと。🧘

ちょっと重い話に聞こえるかもしれないけれど、逆に言えば「悩むのは当然だ」という話でもある。悩むことを責めなくていい、という話でもある気がして、わたしはこの考え方にわりと救われた記憶があります。


悩みはどこから生まれてくるのか

「悩みの原因」を探ると、おもしろいことがわかってきます。

現実と「こうあるべき」のズレが火種になる

悩みが生まれるとき、たいていそこには「ギャップ」があります。

「もっとうまくやれるはずなのに」「こんなはずじゃなかった」「あの人ならこうしてくれるはず」——こういう「〜であるべき」「〜であってほしい」という気持ちと、目の前の現実のズレ。そのギャップが、不満や不安や怒りや悲しみを生む。

これ、言われてみるとすごく納得がいくんですよね。悩みの内容がなんであれ、根っこには「こうあってほしかったのに、そうじゃない」という気持ちが潜んでいることが多い。

とはいえ、「じゃあ期待をやめればいい」って簡単に言えないのも事実で。期待があるということは、それだけ大切にしているものがある、ということでもあるので。

未来への不安という人間特有の能力

動物は基本的に「今」を生きています。明日の食料がなくなるかも、と3ヶ月先まで心配することはしない(たぶん)。

でも人間は、起きてもいない未来を想像して、今の時点で悩める。これ、すごい能力だと思いませんか。悩むのはつらいけど、「先を考える力」は人間ならではのものでもある。

ただその能力が、「最悪の事態」を次々と思い描いては不安を増幅させる方向にも使われてしまう。頭がよくなればなるほど、悩みも複雑になったりするのかもしれません。

他者と比べることで悩みは増殖する

昔と比べて、今は「他人の暮らし」がよく見えます。SNSを開けば、楽しそうな日常、成功した報告、幸せそうな家族写真。

これ、頭ではわかっているんです。「SNSはみんないい部分しか出してないから」って。でも、わかっていても比べてしまう。人間の本能として、他者と自分を比較することはやめられないらしくて、その比較が悩みの種になることも多い。


悩むことは悪いことなのか

「悩まなければよかった」と思うことはよくあります。でも、本当にそうなのか。

哲学者たちは悩みをどう見ていたか

哲学者たちは、ずいぶん昔から「悩み」と向き合ってきました。

カミュは「人生には意味がない」と言いながら、それでも生きることを肯定しました。意味がないからこそ、自分で意味をつくるしかない、と。ニーチェは「苦しみの中にこそ、人間は強くなる」と言いました。どちらも、悩みを避けることを勧めていない。✍️

もちろん哲学書をありがたく読んで「なるほど!」と悩みが消える、なんてことはないんですが(笑)、「悩むことそのものを否定しなくていい」という視点は、なんとなく気持ちが楽になる気がします。

悩みが人を深くする、という考え方

今思うと、わたしが人の話を少しでも聞けるようになったのは、自分がそれなりに悩んできたからだと感じます。

悩んだことがある人は、同じように悩んでいる人の痛みがわかる。完璧に解決できなくても、「ああ、それつらいよね」と言える。その共感は、楽ばかりしていた人には育ちにくい部分かもしれない。

悩みが人を「深く」するとまで言えるかはわからないけど、少なくとも無駄ではなかった、とは感じています。たぶん。


悩み続ける人と、前に進める人の違いはどこか

「同じように悩んでいるのに、あの人はなんで前に進めるんだろう」と思うことがあります。

「悩む」が「考える」に変わる瞬間

これはわたしの実感なんですが、悩みが動き出すのって、「どうしよう」から「どうするか」に言葉が変わった瞬間だったりします。

「あのとき、なんであんなことをしてしまったんだろう(悩む)」のが「次に同じ状況が来たら、どうするか(考える)」に変わると、なんとなく頭が前を向く。完璧な解決策がなくても、とりあえず一歩踏み出せる感覚。

簡単ではないです。でも、意識してみると変わることがある。

答えを出さないことも、ひとつの答え

「すべての悩みには答えがある」と信じていた時期があります。ちゃんと考えれば必ず正解が出る、と。

でも今は、答えが出ない悩みも結構あると思っています。「あの選択は正しかったのか」「自分の生き方はこれでいいのか」——こういうものには、最終的な答えがないかもしれない。

答えを出そうとするより、「まだわからないけど、今はこれでいく」という態度の方が、長い目で見ると楽だったりする。「保留」を許すことも、ひとつのスキルかもしれません。


悩みと上手につきあうとはどういうことか

悩みをゼロにする、という発想をやめた方が楽になる、という話を少し。

悩みを「なくす」より「抱える」感覚

「この悩みを早く解決しなければ」と思うと、それ自体がまた焦りになって、二重に苦しくなることがあります。

悩みを「抱える」というのは、悩んでいる自分をとりあえず認めること。「今、自分はこれで悩んでいる。まあ、そういう時期もあるよな」と。🌿

答えが出なくてもいい。今すぐ解決しなくてもいい。ただ、「悩んでいる状態」と少し距離を置いて眺める。これができるようになるまでに、わたしはかなり時間がかかりましたが、少しずつ慣れてくる感じはあります。

誰かに話すだけでなぜ楽になるのか

悩みを誰かに話すと、なぜか少し楽になりますよね。アドバイスをもらったわけでもないのに。

これは「話すことで頭の中が整理される」という効果もあるし、「自分の悩みが言語化されることで、少し客観的に見られるようになる」という側面もあるようです。頭の中にあるとき、悩みはどこか霧のように広がっているけど、言葉にすると輪郭がはっきりする。

あと、「聞いてもらえた」という事実それ自体が、安心感につながる。なんとなく、それだけでも違うんですよね。


結局、悩むのは生きているからではないか

ここまで長々と書いてきて、結論めいたことを言うのは難しいなと感じています。😅

悩みのない人生は、本当に幸せか

「もし悩みが一切なかったら」と想像してみると、どうでしょう。

きっとそれは、何も大切にしていない状態に近い気がします。悩むのは、何かを気にかけているから。誰かを大切に思っているから。自分の未来を少しでも考えているから。悩みの裏側には、必ず「大切にしているもの」がある。

そう思うと、悩みは厄介者だけど、完全に敵でもない。

あなたはいま、何に悩んでいるか

この記事を読んでいる方は、何か頭にひっかかるものがあって、検索してここに来てくれたのかもしれません。それが仕事のことなのか、人間関係なのか、将来のことなのか——わたしにはわかりません。

ただ、悩んでいること自体を責めなくてもいいんじゃないかな、とは思います。「こんなことで悩んでるなんて」って自分を責める必要はなくて。悩めるということは、それだけ感じる力があるということだから。

あなたは今、どんなことが頭をぐるぐるしていますか? そして、それはあなたにとって何か大切なものを指しているでしょうか。

答えは、急がなくていいと思います。

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