「今月こそ節約しよう」と思った翌日に、コンビニでスイーツを買っている自分がいる。
これ、わたしだけじゃないですよね……?😅
節約しなきゃいけないのはわかってる。でも気づいたら財布が軽くなってる。「なんでまた」と自己嫌悪に陥って、でもその夜もなんとなくAmazonのカートを眺めてしまう。このループ、ずっと続いてる気がして、ちょっと疲れてきた、なんて思ったことがある人、案外多いんじゃないでしょうか。
わたし自身、節約が苦手です。正確に言うと、「しようとしたのにできなかった」経験が何度もある。家計簿アプリも三日坊主。「今月は外食減らす」と決めたはずが、週末には気づけば定食屋の暖簾をくぐってる。なんなんだ、と思いつつも、どうしてこうなるのか、ちゃんと考えたことがなかった気がします。
今回は、「人はなぜ節約できないのか」をゆるく一緒に考えてみようと思います。正解を教えようというつもりはなくて、ただ、「できない自分」を責めるのをちょっとだけ立ち止めてみようか、という話です。
節約しようとすると、なぜかできないのはなぜだろう
「意志が弱い」という話じゃないかもしれない
節約できない理由として、まず思い浮かぶのは「意志が弱いから」じゃないでしょうか。わたしもそう思ってました。
でも、これちょっと待ってほしい。
「節約のために我慢したくない」という理由を挙げる人は、調査によると34.5%にのぼります。「節約は面倒」という人も25.9%いる。つまり、節約できない人の多くが意志の問題というより、そもそも節約に乗り気になれない何かを感じているんですよね。
意志が弱いのではなくて、その選択肢そのものが脳にとって「しんどい」と認識されている。そう考えると、少し見方が変わりませんか。
頭ではわかっている、でも手が動かない
「節約した方がいい」ということは、たぶんほとんどの人が知っています。知識の問題じゃない。わかっているのに動けない、というのがつらいんです。
夜、「明日からちゃんと自炊しよう」と決めた翌朝、疲れ果てて帰ってきたら近所のラーメン屋に吸い込まれてしまう。理屈ではおかしくないのに、どうしてこうなるのか。
実は、この「わかっているのにできない」状態、人間の脳の基本的な働きと深く関係があるらしいんです。
脳が「今」を優先してしまうしくみ 🧠
現在バイアスという、人間の基本仕様
行動経済学に「現在バイアス」という考え方があります。難しそうな名前ですが、要するに「人は将来の大きなメリットより、今すぐ得られる小さな満足を優先してしまう」という傾向のこと。
たとえば、「今すぐ1万円もらう」か「1週間後に1万100円もらう」かを選ぶとき、多くの人が即座に1万円を選ぶ。年利に換算したらおよそ52%という破格の金利を捨ててでも、「今すぐ」を選んでしまうんですよね。
節約も同じです。今このコンビニスイーツを買うことの「手軽な喜び」と、3ヶ月後の貯金残高が増えた「遠い未来の満足」。脳はどうしても前者を大きく感じてしまう。これは意志の問題じゃなくて、人間の脳に組み込まれた基本仕様と言っていいかもしれません。
節約できないのは、ある意味「正常」かもしれない
少し大げさな言い方をすると、現在バイアスは人類が長く生き延びてきた証拠でもある、という見方もあります。
食べ物があったら今食べろ。今使える資源は今使え。そういう本能的な判断が、遠い昔には命をつなぎとめていた。現代では「老後のために今を我慢する」という行動が合理的になったのに、脳はまだ昔の設定のままだ、ということかもしれない。
つまり、節約できない自分は「意志が弱い怠け者」じゃなくて、ある意味ごく普通の人間なのかもしれない。ちょっとだけ、自分に優しくできる気がしませんか。
節約できない自分を責めてしまうのはなぜか
「節約=いい人」という刷り込み
なぜ節約できないとこんなに罪悪感を感じるんでしょうか。
たぶんどこかに「節約できる人=えらい」「浪費する人=だらしない」という価値観が刷り込まれている気がする。親から言われてきた言葉だったり、学校で習ったような気がする倹約精神だったり。
でも、節約できていることと、人として立派かどうかは、別の話ですよね。😌
節約が得意な人がいる。お金を使うことに抵抗のない人がいる。どちらが「いい人間か」じゃなくて、それぞれの生き方、というだけの話かもしれないのに、なぜか「節約できない=自分はダメだ」という等式が頭に入り込んでいる。
罪悪感のループにはまっていないか
節約しようと思う→できない→自己嫌悪→ストレスを感じる→ストレス発散のために少し使ってしまう→また罪悪感。
このループ、心当たりある人いませんか?わたしはあります(笑)。
実は「節約が続かない原因は我慢によるストレス」という指摘が心理学の分野でもなされています。我慢が積み重なったストレスを、お金を使うことでしか発散できなくなるというパターン。罪悪感を感じながら節約しようとすること自体が、節約を妨げている、なんて皮肉な話もあるわけです。
「節約する理由」が腑に落ちていないと続かない 💡
なんのために節約するのか、答えられるか
「節約しなきゃ」という気持ちはある。でも「なぜ?」と問われると、意外とすぐ答えられなかったりしませんか。
「なんとなく将来が不安だから」「お金を貯めた方がいいと聞いたから」。それ自体は間違っていないけど、ちょっと抽象的すぎて、脳が本気にならないのかもしれない。
老後のため、旅行に行きたいから、子どもの教育費、起業の準備——節約が続く人には、具体的に「何のために」があることが多い気がします。目的がぼんやりしている節約は、続かなくてもしょうがない、とも言えるかもしれない。
未来の自分が、今の自分に感謝できるか
「未来の自分への贈り物として節約する」という考え方を聞いたことがあります。
今ちょっと我慢することで、5年後の自分が「あのとき貯めておいてよかった」と思えるか。逆に、今使い切ってしまうことで、将来の自分が「あの頃が一番楽しかった」と思える記憶になるか。どちらが正解とは言えないですよね。
ただ、「未来の自分と今の自分をつなぐ糸」を意識できると、節約への向き合い方が少し変わるかもしれない、とは思います。
節約と豊かさは、本当に両立するのか 🌿
使うことも、生きることの一部
「節約しすぎて逆に人生がつまらなくなった」という話を聞くことがあります。
友人との食事を断り続けて、気づいたら声がかかることも減った。旅行も控えて、でも思い出はなかなか作れない。通帳の残高は増えたけど、なんか……豊かじゃない、という感覚。
お金を使うことは、必ずしも無駄じゃない。経験、人間関係、心の余裕——これらに投資することで返ってくるものもある。節約の旗のもとで、大事なものを削り落としていないか、たまに立ち止まって確認するのは悪くないと思います。
節約は手段であって、目的じゃない
「節約することが目標」になってしまうと、何かがずれてくる気がします。
節約は、何か別の目的を実現するための手段のはず。幸せに生きるため、安心を手に入れるため、やりたいことをするため。その目的が見えなくなると、節約そのものが苦行になってしまう。
節約できることはすばらしい。でも、節約できない日があっても、人生は続くし、豊かさのかたちはひとつじゃない。そう思うと、少しだけ息がしやすくなる気がしませんか。
それでも節約できない自分をどう見るか
完璧に節約できなくていいのかもしれない
ここまで一緒に考えてきて、一つ言えそうなのは、「節約できない自分=ダメ」という等式は、あまり正確じゃないかもしれない、ということです。
脳の仕組み上、人は今を優先しやすい。意志の問題だけではない。そして、節約の仕方も、その意味も、人によってまったく違う。
「今月節約できなかった」よりも、「今月何にお金を使ったか」を眺めてみる方が、自分のことをよく知れるかもしれない。そのお金の使い方に、あなたが大切にしているものが映っているはずだから。
あなたはなぜ節約したいのだろう
最後に、一つ問いを置いておきたいと思います。
あなたが「節約しなければ」と思うとき、その背後にあるのは何でしょうか。将来への不安?誰かへの責任感?それとも、もっと自由になりたいという気持ち?
節約できる・できないの前に、自分がどんな未来を望んでいるのかを、少し掘り下げてみること。そこから始まる節約の方が、たぶん少し続きやすくなると思います。
完璧に節約できなくてもいい。ただ、自分の「なぜ」に正直でいる。それだけで、お金との付き合い方は、少し変わるかもしれません。
あなたにとって、節約の「理由」は何ですか?🙂
こんな記事も書いています
次回は「人はなぜ欲しいものが止まらないのか——消費欲の正体について一緒に考えてみる」というテーマで書こうと思っています。


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