人はなぜ自分に期待しすぎてしまうのか——「もっとできるはず」の正体を、一緒に考えてみる

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人生のぎもん

「なんでこんなこともできないんだろう」と、自分にがっかりしたことはありますか。

わたしはある時期、毎週末になると「今週こそ早起きして、運動して、本を読んで、部屋を片付けて……」という計画を立てていました。そしてほぼ毎週、何ひとつできないまま日曜の夜を迎えて、布団の中で静かに自己嫌悪に陥る、というサイクルを繰り返していたんです。

問題は「意志が弱い」とか「怠け者」とかじゃなくて、どうも自分への期待値の設定がおかしかったんだろう、と今になって思います。

人はなぜ、自分にそんなに期待してしまうのでしょう。そしてその期待は、どこからやってくるのでしょうか。一緒にちょっと考えてみませんか。


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「もっとできるはず」って、どこから来るんだろう

誰でも一度は感じたことがある、あの感覚

テストの答案が返ってきたとき、仕事でミスをしたとき、ダイエットが3日で挫折したとき——「あ〜、もっとやれたはずなのに」という感覚、ありませんか。

この「もっとできるはず」は、かなり不思議な感情だと思うんです。だって、「もっとできるはず」と思えるということは、自分には今よりも高いポテンシャルがあると信じているわけですよね。それ自体は悪くない。でも、その「できるはず」が現実の自分とかみ合わないとき、強烈な落胆が生まれる。

自分に期待しすぎる、というのはこの構造から来ていると思います。期待というのは一種の「信用取引」みたいなもので、まだ実現していない自分の能力を前借りして評価してしまっている状態、というか。

期待しすぎてしまう人の、ある共通点

わたしが自分のことを振り返ってみると、自分への期待が高すぎる時期って、たいてい「誰かの目を気にしていた時期」と重なっていました。

職場でどう見られているか、友人にどう思われているか、SNSで自分がどう映っているか——そういう外からの視線が強く意識されているとき、ほど「もっとしっかりしなければ」という圧力を自分にかけていた気がします。

心理学的に言うと、自分への高すぎる期待の根っこには「自己不全感」があることが多いとされています。今の自分ではダメだという感覚が、理想の自分を過度に高く設定させてしまう、というメカニズムです。自分をダメだと思っているからこそ、「本当の自分はもっとできるはず」と信じようとするのかもしれません。


自分に期待することは、悪いことなのか

期待がなければ、人は動けない

「自分に期待しすぎるのは良くない」という話をすると、「じゃあ期待しないほうがいいの?」という疑問が出てきます。でも、それもちょっと違う気がして。

心理学の研究でよく知られているヤーキーズ・ドットソンの法則というものがあります。ストレスや緊張(プレッシャー)が適度にかかっているときは、パフォーマンスが上がる。でも、かかりすぎると逆に落ちる、という逆U字型の関係です。

これって、期待にも当てはまると思うんです。まったく期待しない状態では人は動けない。でも、期待しすぎると重さで潰れてしまう。問題は「期待すること」ではなく、その量とタイミングなのかもしれません。

でも「適量」を超えると、何が起きるのか

では、期待しすぎると何が起きるか。

まず、達成できなかったときの落ち込みが大きくなります。そして、そのダメージを修復しようとして、さらに高い目標を設定してしまう——このループに入ると、なかなか抜け出せなくなります。

また、高すぎる期待は視野を狭くします。「これくらいできないと意味がない」という思考になると、少しの進歩が見えなくなる。10点しか進めなかったときに「100点じゃないからダメだった」と感じてしまって、10点分の努力が消えてしまう感覚です。これがじわじわ自信を削っていくんですよね。😔


なぜ「基準」が高くなりすぎてしまうのか

幼い頃に植えつけられた「できる自分」像

自分への期待値って、どこで設定されるんでしょうか。

ひとつには、幼い頃の経験が大きいと思います。「あなたはやればできる子」「もっと頑張れるでしょ」——そういう言葉を繰り返し受け取ってきた人は、大人になっても「頑張ればできるはず」という前提で自分を見てしまうことがある。

良い言葉のように聞こえますが、裏返すと「できないのは頑張っていないから」という解釈にもなってしまう。だからできないと「努力が足りない自分」を責めてしまう。幼い頃に受け取ったメッセージが、無意識の基準値として残り続けている、ということです。

今思えば、わたしもそういうところがあったかもしれません。「おまえならできる」と言われて育って、その言葉を自分への要求として内面化してしまっていたような(笑

比較社会がつくる「もっと上があるはず」の罠

もうひとつ、現代特有の問題があります。SNSやインターネットで、「できている人」の姿がものすごくたくさん目に入るようになった、ということです。

毎朝5時に起きて運動して、仕事もバリバリこなして、趣味も充実していて——という人の投稿を毎日眺めていると、「それが普通の水準なのかも」と錯覚してしまいます。実際には、そういう人はかなり例外的なのに、見える範囲がバイアスされているせいで「自分だけができていない」と感じてしまう。

比較の基準が無限に上へ引き伸ばされていく環境では、自分への期待値も際限なく上がってしまいます。これは個人の意志の問題というよりも、社会の構造の問題でもあると思うんですよね。🌐


期待しすぎたあと、人はどうなるのか

「がっかり」の繰り返しが自信を削っていく

高い期待をかけて、それに届かなかったとき——人はどんな気持ちになるでしょうか。

多くの場合、まず落ち込みます。そして次に、「なぜできなかったのか」を自分に問いはじめる。そこで「努力が足りなかった」「意志が弱かった」という結論に至ると、また自分を責めることになります。

この「期待する→届かない→自分を責める→また期待する」というサイクルが続くと、じわじわと自己評価が下がっていく。最初は高かった自分への信頼が、少しずつ摩耗していくようなイメージです。

不思議なことに、自分への期待が高い人が、必ずしも自己肯定感が高いわけではない。むしろ、慢性的にがっかりし続けることで、自信を失っていくケースは多いんです。

完璧主義と燃え尽きの意外なつながり

心理学の研究では、自分への過剰な期待と完璧主義には強い関連があることが知られています。

「できなかった=完全な失敗」という思考パターンを持つ完璧主義者は、どんな成功体験を積んでも「まだ足りない」と感じてしまう。そしてこれが長期間続くと、燃え尽き症候群(バーンアウト)に至ることもあります。医学的にはうつ病の一種とされているバーンアウトですが、責任感が強く理想が高い人ほどなりやすいとされていて——つまり、自分に期待しすぎる人が最もリスクが高い、という皮肉な構造があります。

頑張れば頑張るほど追い詰められていく。これはちょっと、立ち止まって考えたい問題だと思います。💭


期待を「下げる」より、期待と「仲良くする」ほうが難しい

期待を捨てようとして、かえって苦しくなった話

この問題に気づいた人が最初にやることは、たいてい「期待を下げよう」です。わたしもそうでした。「完璧を目指さなくていい」「できなくてもいい」と言い聞かせようとする。

でも、これが意外と難しかった。

「期待を手放そう」と意識すればするほど、逆に「期待を手放せていない自分」が気になってしまう。「こんなことで落ち込む自分はダメだ」「なぜまた高すぎる目標を立ててしまったのか」——期待を減らそうとして、自己批判のループに入ってしまうんです。

期待を「敵」として排除しようとすると、なかなかうまくいかないような気がして。

「今の自分」に照準を合わせるとはどういうことか

じゃあどうすればいいか、というと、正直「これが答えだ!」とは言い切れないのですが——。

ひとつ気づいたのは、期待の「高さ」を変えるよりも、期待の「向き先」を変えることのほうが、効果があるかもしれない、ということです。

「3ヶ月後にこうなっているはず」という未来の自分への期待ではなく、「今日この30分に集中できたか」という今の自分への関心にシフトする。遠くにある理想像ではなく、今ここでできることに目を向ける、というか。

これを「セルフ・コンパッション(自己への思いやり)」と呼ぶ心理学者もいます。自分を厳しく評価するのではなく、自分自身に対して、友人に接するような温かさを向ける、という考え方です。🌱

簡単じゃないけれど、「できなかった自分を責める」ではなく「なぜできなかったんだろう、と一緒に考えてあげる」、そんなスタンスに近いものかもしれません。


それでも、自分に期待することをやめなくていいと思う

期待は、自分を信じたい気持ちの裏返し

自分に過剰な期待をしてしまうのは、確かに苦しさを生みます。でも、そもそも自分に期待できるということは——自分にはまだ可能性がある、と信じているということでもあります。

完全に諦めてしまった人は、期待しません。期待するのは、「自分は変われる」「もっとできるはずだ」という希望がある証拠でもある。

だから、「自分に期待すること」そのものは、否定しなくていいと思うんです。問題はその量と質であって、期待すること自体が悪いわけじゃない。そこだけは、ちょっと言っておきたかった。

あなたは自分に、どんな期待をかけていますか

自分に期待しすぎてしまう仕組みを考えてみると、それは「今の自分が不十分だ」という感覚や、「もっと認められたい」という欲求や、幼い頃から積み重なってきた「できる自分」像——そういったものが複雑に絡み合っています。

一筋縄では解けない問題です。でも、「なぜ自分はこんなに自分に厳しくしているんだろう」と、一度立ち止まって問いかけてみることには、意味があるんじゃないかと思っています。

あなたは今、自分にどんな期待をかけていますか。その期待は、自分を前へ進ませるものでしょうか。それとも、自分を追い詰めているものでしょうか。

正解はたぶん、人それぞれ違う。でもその問いを持っているだけで、少し、自分との関係が変わっていくかもしれません。✨


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次回予告

次回は「人はなぜ自分を過小評価してしまうのか」について書こうと思います。自分に期待しすぎる話の裏側にある、あの「どうせ自分には無理だ」という感覚の正体を一緒に考えてみたいと思います。

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