なぜ人は働くのか——答えのない問いを、一緒に考えてみる

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人生のぎもん

「なんで自分ってこんなに働いてるんだろう」

ある平日の夜、帰りの電車のなかでぼんやりとそんなことを考えたことがあります。疲れているわけじゃない。嫌なことがあったわけでもない。ただ、ふっと。窓に映る自分の顔を見ながら、「この人は何のために動いてるんだ?」って。

たぶん、こういう瞬間って誰にでもあると思うんです。特に深刻な悩みでもなく、かといって無視もできなくて、ちょっとモヤモヤしたまま検索して……という。この記事はそういう人のために書きました。答えを出す気はありません。ただ、一緒にゆるく考えてみましょう。


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なんとなく働いている、でいいんだろうか?

月曜の朝、ふと頭によぎる問い

月曜の朝、目覚ましが鳴るたびに「はあ……」とため息をついている人は、世界中にたぶん億単位でいると思います 😮‍💨。「別に嫌いな仕事でもないんだけどな」「でもなんか、なんでやってるんだろう」という微妙なトーンの気持ち。

これって、仕事が嫌いなわけではないんですよね。むしろ問いの質が違う。「この仕事が嫌だ」じゃなくて、「そもそも働くってなんだっけ?」という、もっと根っこのところへの問い。

社会に出た瞬間から、誰も「なんで働くの?」なんて説明してくれません。気づいたら内定をもらって、気づいたら毎朝スーツを着て、気づいたら10年経っていた——みたいな人も、きっと多いんじゃないかと思います。

「なんで働いてるの?」と聞かれて黙ってしまった日

昔、友人に「なんで仕事してるの?」と聞かれたことがあります。軽い飲みの席での、なんとなくの質問だったんですが、私はうまく答えられなかった。「え……お金? でも……あとなんだろう」みたいな感じで、ふわっとした答えしか出てこなくて。

正直、恥ずかしかったです。毎日それなりに一生懸命やってるはずなのに、「なんのために?」と聞かれると、言語化できない。それがなんか、モヤっとした記憶として残っています。

でも今思うと、あの「答えられなかった」という感覚こそが、この問いの本質なのかもしれません。


「お金のため」は、そんなに悪い答えじゃない

6割以上の人が「お金のため」と答えている現実

内閣府が毎年行っている「国民生活に関する世論調査」によると、「働く目的は何か」という質問に対して、およそ6割以上の人が「お金を得るために働く」と答えています。

これ、すごく正直な数字だと思います。

生活にはお金がかかります。家賃、食費、光熱費、たまに行く旅行、ちょっとしたご褒美。「お金のため」って答えるのは、別に浅くも恥ずかしくもない。むしろリアルな話です。

でも、「お金のために働いている」と口にしたとき、なぜかちょっと後ろめたい気持ちになりませんか?「そんな薄い理由でいいのかな」「もっと意味のあることを言わなきゃいけない気がする」みたいな。

そのプレッシャー自体が、なんだかおもしろいですよね。お金って絶対に必要なはずなのに、「お金のため」と言うと急にちっぽけな人みたいに見える気がする。この感覚、どこから来てるんでしょう。

でも、お金があっても働く人はなぜ働くのか

あるアンケートの話が気になっていて。「もしベーシックインカムなどで最低限の生活が保障されたとして、あなたは働き続けますか?」という質問に、なんと89%の人が「働き続ける」と答えたそうです。

お金がなくても、働く。

これって、じゃあ人は「お金以外の何か」のためにも動いているってことですよね。宝くじが当たっても仕事を続ける人がいるのと同じで。それはいったい、何なんでしょう?


人間はどんな欲求で動いているのか

マズローが整理した5つの欲求 🧠

心理学者のマズローという人が「人間の欲求には5段階ある」という理論を提唱しています。ざっくり整理すると、こんな感じです。

  1. 生理的欲求:食べたい、眠りたい(生き延びるための本能)
  2. 安全欲求:安全な生活を送りたい、安定したい
  3. 社会的欲求:どこかに属したい、仲間がほしい
  4. 承認欲求:認められたい、評価されたい
  5. 自己実現欲求:自分らしくありたい、成長したい

「お金のために働く」は、主に1〜2段階目の欲求を満たすためのもの。でも人間ってそれだけじゃ満足できないようにできているらしくて、3〜5の欲求も同時に抱えている。

会社に所属したい(3)、頑張りを認めてほしい(4)、自分の力を使って何かを成し遂げたい(5)——こういう気持ちも、働く動機のなかに混ざっているんですよね。

「つながり」と「承認」がなければ人は消耗する

個人的に、これが刺さったんですが。

同じ仕事内容でも、「誰かに感謝される仕事」と「誰にも見えない仕事」では、疲れ方がまったく違う気がしませんか? 成果が誰かの顔に見えるとき、なんとなく「あ、働いてよかった」と思える。逆に、どんなに頑張っても誰にも届かない仕事は、じわじわと消耗していく。

「つながり」と「承認」って、別に大げさなものじゃなくていい。「ありがとう」の一言とか、後輩がちょっと成長したとか、そういう小さいやつ。でも、それがあるかないかで、働く意味の感じ方がかなり変わるように思います。


「働かなくていい」としたら、あなたは何をする?

この問いが、意外とヒントになる

「明日から働かなくていい。でも一日は好きに使っていい」——そう言われたら、あなたは何をしますか?

はじめの数日は休んで、ぼーっとして、でもそのうち「何かしたい」という気持ちが出てきませんか? たいていの人はそうらしいんですよね。ずっとゴロゴロしていると、逆に調子が悪くなってくる。

人間は「何もしない」がそんなに得意じゃないみたいです。

この「何かをしたい」という感覚、何に向かっていますか? 料理?ものづくり? 誰かに教えること? 旅? それが、あなたにとっての「働く」のコアに、もしかしたら近いかもしれない。

やりたいことと、働くことが重なる瞬間

よく「好きなことを仕事に」という言葉が聞こえてきますが、正直これは万人に当てはまる話じゃないと思います(笑)。好きなことが仕事になったとたんに、嫌いになることもありますし。

ただ、「やりたいこと」と「働くこと」がぴったり重なっている必要はなくて、どこかで少し重なっていれば、たぶんそれでいい。自分の仕事のなかに「これは得意だな」「これは誰かの役に立ってるな」という感覚が一つでもあれば、それがあなたの働く理由になっているのかもしれません。


働く意味は、見つけるより「気づく」ものかもしれない

振り返ってみて、初めてわかること

「働く意味」って、リアルタイムで見つかるものじゃないことが多い気がします。あとから振り返ったとき、「ああ、あの仕事はあそこにつながってたんだな」「あの経験があったから今がある」みたいな感じで、後付けでわかることの方が多い。

渦中にいるときは、意味なんてわからない。でも、時間が経つと輪郭が見えてくる。

意味って「見つけるもの」というより、「後から気づくもの」なのかなと、最近は思います。

「傍(かたわら)を楽にする」という古い言葉

余談なんですが、「働く」という言葉の語源として「傍楽(かたわららく)」という説があります。傍、つまり周りの人を楽にする、楽しくするという意味 😌。

「人が動く」と書いて「働く」。

生計を立てるためだけじゃなく、誰かの生活をちょっとラクにするために動く——そんな見方をすると、なんか働くことが少し違って見える気がします。大げさな使命感じゃなく、日々の小さな「役に立った」の積み重ねで、じゅうぶんなのかもしれない。


あなたにとって、働くとはどんなことですか?

答えが変わっていいし、なくてもいい

20代のときに思っていた「なぜ働くか」と、今思っている理由は、たぶん違う。5年後、10年後にはまた変わるかもしれない。

それで、いいんだと思います。

「生活のため」「やりがいのため」「つながりのため」「社会貢献のため」——どれかひとつに決めなくていい。複数持っていてもいい。むしろ一つだけだと、その一つが揺らいだときに、全部崩れやすい。

今日の自分に問いかけてみる

最後に、一つだけ問いを置いておきます。

「もし明日、誰かが『あなたの仕事は何ですか?』と聞いてきたら、肩書き以外の言葉で、どう答えますか?」

これ、意外と難しい。でも難しいからこそ、少し時間をかけて考える価値がある問いだと思っています。

正解はないし、今すぐ答えが出なくてもいい。ただ、そこに頭を向けてみること自体が、なんか意味があると、私は思っています。

あなたはどうですか? 🙂

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