人はなぜお金の不安が消えないのか——「足りない」感覚の正体を一緒に考えてみる

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人生のぎもん

「老後のお金、大丈夫かな」

そんなことを考えながら、夜中にスマホで「老後 いくら 必要」と検索したことはありませんか。わたしはあります。しかも何度も。で、調べるたびにいろんな数字が出てきて、最終的にもっと不安になって眠れなくなる、というオチまでセットです。😅

不思議なのは、貯金がまったくない人だけじゃなくて、それなりに蓄えがある人でも、こういう不安って消えないんですよね。「いくらあれば安心できるの?」という問いに、明確な答えが出ないまま、ただザワザワした感覚だけが続く。

今回は、この「お金の不安」というやつを、一緒にゆるく考えてみようと思います。解決策を出す記事じゃないので、そこはご了承ください(笑)。


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お金の心配って、いつ頃から始まりましたか?

若いころはなぜかあまり気にしなかった

振り返ってみると、20代のころはお金の心配をあまりしていなかった気がします。収入だって多くなかったはずなのに、不思議と「なんとかなるでしょ」と思っていた。

たぶんそれは、未来がぼんやりしていたからだと思うんです。老後なんて遠すぎて、リアルに想像できなかった。病気や介護のことも、「まあそのときに考えよう」くらいの感覚。

楽天証券のメディアでも「若い頃はなぜかお金がなくてもあまり将来を心配しない」という声が取り上げられていて、これって実は多くの人に共通することみたいです。

「足りない感覚」はいつから生まれたのか

でもある時期から、じわじわとお金の不安が増してきます。子どもの教育費、住宅ローン、親の介護、老後……。具体的なライフイベントが見えてくると、お金の話が急にリアルになってくる。

「足りない」という感覚は、実は現実が見えてきたことで生まれるんだと思います。若いころの「なんとかなる」は根拠があったわけじゃなくて、ただ見えていなかっただけなのかもしれない。今思うと、あの無敵感はちょっと怖いな(笑)。


貯めても消えない、この感覚の正体は何だろう

貯金が増えても不安が消えないのはなぜ?

ここで面白い(というか少し困った)現象があります。貯金が増えても、不安がなくならない人が多いんですよね。

「1,000万円貯まったら安心できると思っていたのに、貯まったらそれはそれで不安になった」という話を聞いたことがあります。わたしも似たような感覚を経験したことがあって、「あれ、目標達成したのにモヤモヤしてる?」みたいな。

これは心理学的に言うと、人間の欲求には上限がないからだそうです。ある水準を満たすと、次の水準が気になり始める。「1,000万円あれば」→「2,000万円あれば」→「3,000万円あれば……」という具合に、ゴールポストが勝手に動いていく。

人間の脳は「足りない」を感じやすくできている 🧠

行動経済学の観点からも、「収入を増やすことがお金の心配をなくす解決策にはならない」という話があります。多く稼いでいる人でも、お金の不安はむしろ大きくなることがある、と。

進化的に考えると、これはある意味「正しい」反応なのかもしれません。人類の長い歴史のなかで、「もっと蓄えておかないと危険だ」と感じる個体のほうが生き残りやすかった。不安を感じる脳は、ある意味で生存のためにデザインされた装置なのかもしれない。

ただ、その装置が現代の「お金」という抽象的なものに対しても全力で作動してしまうから、なかなか厄介なんですよね。


お金の不安には、社会的な「仕掛け」がある

老後2000万円問題が植えつけたもの

2019年、金融庁の報告書で「老後30年間で約2,000万円不足する」という試算が大きく話題になりました。あの報道を見て「やばい、どうしよう」と思った方は多かったんじゃないでしょうか。

わたしもそのひとりで、当時は「2,000万円……今いくら持ってるんだっけ……」と急に計算モードに入った記憶があります。

でも冷静に考えると、あの数字はある家庭の平均的な試算であって、全員に当てはまるわけじゃない。厚生年金を受け取れる人と国民年金のみの人では状況がまったく違うし、生活費の水準だって人それぞれです。それでも「2,000万円」という数字だけが一人歩きして、多くの人の不安をかき立てた。

数字は具体的なほど怖く感じるものです。「なんとなく不安」より「2,000万円足りない」のほうが、圧倒的にリアルに刺さる。

比べることで不安は増幅する 📱

さらに現代はSNSの影響があります。他の人の旅行写真、新築の家、充実した食事……。自分と比べてしまうと、「わたしはちゃんとやれてるのかな」という不安が静かに積み上がっていく。

比較が不安を増幅させるのは、お金に限った話じゃないですよね。でもお金は数字で見えてしまう分、比較がしやすくて、余計に刺さりやすい。「年収○○万円以上で安心」みたいな記事を見ると、自分の数字と比べてしまう。これ、止まらないんですよね(笑)。


お金の不安は「未来への恐れ」だということ

「今」は大丈夫でも「これから」が怖い

お金の不安の多くは、実は「今の心配」じゃなくて「将来の心配」です。今月の生活費は足りている。でも「10年後は?」「20年後は?」「病気になったら?」「介護が必要になったら?」と考え始めると、きりがなくなる。

貯金は「今の安心」をもたらすけれど、「将来の安心」を保証するものじゃない——という言葉を読んだとき、妙に納得しました。どんなに備えても、未来は確定していないからです。

不確実性と生きることの話

結局のところ、お金の不安の根っこにあるのは「未来がわからない」という不確実性への恐れなのかもしれません。

これはお金の問題というより、人間が「わからないこと」と向き合うときに感じる普遍的な不安だと思います。お金がその対象になりやすいのは、老後や病気など、「お金がないと困る」局面が人生に確実に存在するからでしょう。

不安を感じるのは、先のことを想像できる知性の証でもある。……なんていうとちょっと格好いいですが、それでもやっぱり夜中にザワザワするのはつらいですよね(笑)。


それでも、不安とうまく付き合っている人はいる

「なんとかなる」の根拠はお金じゃないかもしれない 💡

興味深いのは、お金持ちじゃなくても「お金の不安がない」という人が一定数いることです。

そういう人の共通点として挙げられるのは、「どんな未来が来ても、なんとかなる」という感覚を持っていること。ただ、その根拠がお金ではなくて、スキルだったり、人間関係だったり、「自分はなんとかできる」という自己信頼だったりする。

「貯金がなくても、仕事で得たスキルや知識があって、なにかと声をかけられる人のほうが安心感がある」という指摘はなるほどと思います。お金は「手段」のひとつであって、安心そのものじゃない、という話ですね。

不安を消そうとしないという選択肢

あと、これはわたしが最近ようやく気づいたことなんですが、不安を「消すべきもの」と捉えると、かえって苦しくなるんですよね。

「不安を感じちゃいけない」「こんなことで不安になってる自分はダメだ」と思うと、不安の上に罪悪感まで乗っかってきて、二重につらくなる。

不安って、完全に消えるものじゃないのかもしれない。それよりも「あ、また不安になってる。まあそういうものか」と少し距離を置いてみると、少しだけ楽になる気がします。……気がするだけで、劇的には変わらないんですけどね(笑)。


あなたにとって「安心」って、何ですか?

お金で買えるものと買えないもの

お金でできることは確かにたくさんある。病気のときの治療費、老後の生活費、緊急事態への備え……。そういう意味での「安心」は、お金が担ってくれる部分があります。

でも、「いくらあっても安心できない」という状態があることも、多くの人が経験していることです。その場合、追い求めているのはお金そのものじゃなくて、「コントロール感」や「予測可能性」なのかもしれない。

お金を貯めることは、「未来を少しコントロールしたい」という気持ちの表れでもある。それはすごく自然な欲求だと思います。

あなたは「いくらあれば安心」できると思いますか? 🤔

最後に、ひとつ問いを置かせてください。

「いくらあれば、安心できますか?」

この質問に、すぐ答えられる人はどのくらいいるでしょう。具体的な数字が思い浮かんだとして、その数字を実際に手にしたとき、本当に安心できると思いますか?

……正直、わたしはちょっと自信がないです。たぶん、その数字に届いたら、また次の数字が気になり始める気がする。

もしかしたら「安心」って、お金の量より先に、自分の心のどこかにある「足りている」という感覚なのかもしれない。でもそれをどうやって育てるかは、まだわかりません。

一緒に考え続けましょう。


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