「あ、またやってしまった」
その瞬間の感覚、伝わりますか。やってしまった直後の、あの沈んだ気持ち。しかも「これ、前にもやった」という既視感つき。笑えない、でも泣くほどでもない、なんとも言えない気持ち。
わたしも長いこと、同じパターンを繰り返してきました。職場での伝え方のミス、人間関係での地雷の踏み方、お金の使い方……。「もうこれはしない」と決めたはずなのに、気づいたらまた同じことをしている。そのたびに「自分はなんてダメなんだ」と落ち込んでいたんですよね。
でも、ある時ふと思ったんです。もしかして、これって意志の弱さじゃなくて、もっと深いところに理由があるんじゃないか、と。今回は、そのことを一緒に考えてみたいと思います。
「またやってしまった」——あの感覚、知ってますか?
何度目かわからない「次こそは」
「次こそは気をつける」と決意する。1週間くらいはうまくいく。でも気づいたら、また同じことをしている。
こういう経験、一度や二度じゃない人も多いんじゃないかと思います。ダイエットでも、お酒の飲み方でも、人への言い方でも、「もう同じ失敗はしない」と誓ったはずなのに——。
なんで変われないんだろう、という問いは、多くの人が一度は自分に向けたことがあるはずです。
繰り返しは「意志の弱さ」のせいじゃない
よく「同じ失敗を繰り返すのは反省が足りないから」「意志が弱いから」と言われます。でも、ちょっと待ってほしいんです。
意志が弱い人がそんなにたくさんいるはずがない。同じ失敗を繰り返すのは、じつはかなり多くの人に起きていること。ということは、意志の問題というより、人間という生き物の構造的な話なのかもしれません。
なぜ人は同じ失敗を繰り返すのか——心理と脳のしくみ
フロイトが名付けた「反復強迫」という現象
精神分析の父、フロイトはこんなことを観察していました。過去に傷ついた経験のある人が、なぜかその傷に似た状況に自ら飛び込んでいく。まるで「あの痛みをもう一度確かめるように」行動してしまう——。
これを彼は「反復強迫」と名付けました 🧠
たとえば、信頼していた人に裏切られた経験のある人が、また同じような人を信頼してしまう。過去に嫌な思いをした環境に近い場所へ、気づいたら戻っている。理性ではわかっているのに、無意識がそこへ引き戻す。
不思議なようですが、これは「まだ解決できていない何か」を、もう一度やり直そうとする心の動きとも解釈できます。つまり、同じ失敗を繰り返すのは、逃げているのではなく、ある意味では向き合い続けているのかもしれない。
脳は「慣れた回路」を走りたがる
もう少し脳科学的な話もしてみましょう。人間の脳は、繰り返した行動を「回路」として固定する性質があります。何度もやったことは自動化されて、考えなくてもできるようになる。これはとても便利な機能です。
でも、これが「悪いパターン」にも適用されてしまう。怒りやすい状況でつい感情的になるとか、プレッシャーがかかると自分を追い詰めるとか——一定の条件が揃うと、脳はいつものルートを走り出す。
「なんでまたこうなってしまったんだろう」と後から思っても、その瞬間には自動的に動いているわけです。反省や後悔よりも、パターンへの「気づき」が先に必要なのはそういうことかもしれません。
「わかってる」と「できる」はまったく別の話
これが、たぶん一番大事なポイントだと思うんですよね。
「ああ、また感情的になってしまった。次は落ち着こう」と頭ではわかっている。でも、いざ同じ状況に直面すると、また同じことをしてしまう。
「わかってる」という状態と、「できる」という状態の間には、思っているよりずっと大きな溝があります。頭での理解は出発点に過ぎなくて、行動が変わるためには、もっと別の何かが必要なんですよね。その「別の何か」が何なのかは、人によって違うのですが——。
よくある「繰り返しパターン」を考えてみる
人間関係で同じ失敗をする人
人間関係での繰り返しは、特に気づきにくいと思います。「また同じような人と揉めてしまった」「いつも似たような状況で関係が壊れる」——。
これは相手が悪い場合ももちろんあるのですが、自分の中に「そういう関係を引き寄せるパターン」がある可能性もあります。たとえば、自己主張が苦手で、溜めに溜めてから爆発してしまうとか、距離感がつかめなくて親しくなりすぎてしまうとか。
パターンが見えてくると、「また同じだ」と気づける瞬間が少しずつ早くなります。
仕事や習慣で同じミスをくり返す人
仕事の確認ミス、遅刻、先延ばし——こういう繰り返しは「性格の問題」と片付けられがちですが、もう少し掘り下げると、環境や仕組みの問題だったりすることが多いです。
どんなに意識が高くても、寝不足が続いていれば判断力は落ちる。どれだけ「確認しよう」と思っても、手順が整理されていなければ見落とす。失敗が繰り返されるときは、気合いを入れ直すより「仕組みを変える」方が効果的なことが多いんですよね。
「反省した」のに変わらない理由
反省、します。でも変わらない。これはなぜか。
ひとつ考えられるのは、「結果」には反省するけど「プロセス」には反省していないということ。怒ってしまったこと自体は反省する。でも「どの瞬間に、どんなきっかけで感情が動いたか」まで掘り下げていない。
プロセスが変わらなければ、同じ状況に置かれたとき、また同じ「結果」が出るのは当然です。反省の深さというより、反省の「向け方」の問題かもしれません。
自分の失敗パターンを振り返ってみた
当時の自分が信じていた「正しさ」
わたし自身の話をすると——昔、仕事でよく「伝わらない」という失敗をしていました。一生懸命説明しているのに、相手に伝わらない。「なんでわかってくれないんだろう」といつも思っていた。
今思うと、あのころのわたしは「丁寧に言えば伝わる」と信じていたんですよね。だから何度失敗しても「もっと丁寧に言えばいい」という方向で考えていた。方向が違ったわけです(笑
「伝わらない」のは「丁寧さが足りないから」ではなく、「相手が何を必要としているかを考えていないから」だったと気づいたのは、かなり後のことでした。
今になってわかること
あのころの自分は「正しいやり方を知らなかった」わけじゃなくて、「自分のやり方が正しいと信じていた」んですよね。それが変わるまでは、どれだけ反省してもパターンは変わらなかった。
だから今は、同じ失敗が続いているときには「もっとがんばろう」より先に、「もしかして、自分の前提が間違っているんじゃないか」と問い直すようにしています。たぶん、これが一番難しいことなんですけど。
繰り返しは「悪」なのか——別の見方もある
失敗の繰り返しが「気づき」のきっかけになることもある
少し違う見方をしてみると——「同じ失敗を繰り返すこと」が、かえって深い気づきをもたらすこともあります。
一度だけ失敗した出来事は、「たまたま」で終わることがある。でも、繰り返す失敗には「自分のパターン」が映し出されている。何度も同じ壁にぶつかることで、初めてその壁の正体が見えてくることがある。
繰り返しは、気づくためのチャンスを何度もくれているとも言えるかもしれません。
「変わらない自分」を責めすぎないために
「また同じ失敗をしてしまった」と気づいたとき、すぐに自分を責めてしまう人がいます。わたしもそうでした。でも、気づいた瞬間は、責める瞬間じゃなくて、観察する瞬間なんじゃないかと今は思っています。
「あ、またこのパターンだ」と、少し引いた目で自分を見る。責めるより、観察する。そっちの方が、長い目で見たときに変化につながりやすいような気がします。
自分を責めるエネルギーが大きすぎると、パターンの分析に使えるエネルギーが減ってしまうんですよね。
まとめにかえて——あなたはどんな失敗を繰り返していますか?
同じ失敗を繰り返すのは、意志が弱いからでも、反省が足りないからでもないかもしれません。脳の仕組みや、無意識の働きや、「自分が正しいと信じているもの」の影響が、思っているよりずっと大きい。
だから「なんで変われないんだろう」と落ち込む前に、「自分はどんなパターンを繰り返しているんだろう」と、少し距離を置いて眺めてみる。それだけでも、何かが変わる入り口になるかもしれません。
完全に失敗をなくそうとする必要もないと思います。失敗は生きている証拠みたいなものだから 🌱
ひとつだけ聞いてみてもいいですか。あなたが「また繰り返してしまうな」と感じている失敗パターン、何か思い当たるものはありますか?
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次回予告
次回は「人はなぜ執着してしまうのか」について書こうと思います。手放したいのに、なぜか離せない——あの感覚の正体を、一緒に考えてみます。


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